メサ・ヴェルデとは、スペイン語で「緑の机(台地)」という意味です。その名の通り、深い渓谷に囲まれた平らな台地(メサ)が広がる場所ですが、世界遺産としての最大の価値は、その断崖絶壁の「窪み(エロージョン)」に築かれた高度な集落群にあります。
かつてアメリカ先住民がここに暮らし、そしてなぜか突如として姿を消した、歴史のロマンと謎に満ちた遺産です。
基礎データ
- 登録年: 1978年(第1回世界遺産委員会)
- 分類: 文化遺産
- 登録基準: (iii) 独自の文化的伝統や文明の存在を証明するもの
- 所在地: アメリカ合衆国(コロラド州)
ここが凄い3つのポイント
① 崖の割れ目に作られた大規模な「崖住居(クリフ・ドゥエリング)」 メサ・ヴェルデには、およそ4,000箇所もの考古学的な遺跡が点在していますが、その白眉が12世紀〜13世紀頃に造られた「崖住居」です。 中でも最大の規模を誇るのが「クリフ・パレス(崖の宮殿)」。崖の巨大な窪みの中に、砂岩と泥で作られたレンガを積み上げ、150以上の部屋と23の宗教施設(キヴァ)がアパートメントのようにひしめき合っています。全盛期には100人以上がここで暮らしていたと考えられており、その建築技術の高さは圧倒的です。
② なぜわざわざ「崖の中」に住んだのか? もともと先住民であるプエブロインディアンの祖先(アナサジ族とも呼ばれる)は、台地の上でトウモロコシなどを栽培して暮らしていました。しかし、12世紀末頃から突然、不便で危険なはずの崖の窪みへと移住し、住居を構え始めました。 理由は諸説ありますが、「深刻な干ばつによる他部族からの襲撃を防ぐための防御型都市だった」「冬の厳しい寒風を防ぎ、夏の直射日光を遮るための、自然の気候を活かした知恵だった」など、今も議論が続いています。
③ 聖なる地下空間「キヴァ(Kiva)」 遺跡のあちこちに見られる丸い地下室のような遺構は、「キヴァ」と呼ばれる彼らの聖なる空間です。 衣服を織る作業場であると同時に、部族の重要な儀式や話し合いが行われる宗教的・社会的な中心地でした。天井に丸太を組み、中央に炉を設け、煙突から出入りする構造になっており、現在のプエブロインディアンの文化にも受け継がれている重要な伝統要素です。
試験・知識のワンポイント:突如訪れた「無人の謎」
メサ・ヴェルデを学ぶ上で外せないのが、「13世紀末に突如として放棄された」というミステリーです。 これほど高度な石造都市を築き、100年以上も繁栄していたにもかかわらず、13世紀の終わり(1300年頃)に、住人たちはすべての家財道具を残したまま、一斉にこの地を去ってしまいました。 最新の研究では、約30年近く続いた大規模な「大干ばつ」による深刻な食糧難が原因とされています。彼らは南のアリゾナ州やニューメキシコ州へと移動し、現在のホピ族やズニ族などの先住民へと繋がっていったとされています。
まとめ
メサ・ヴェルデ国立公園は、「過酷な断崖に築かれた高度な石造建築」「独自の宗教空間キヴァ」、そして「環境の変化によって消え去った文明の記憶」を今に伝える、北米屈指の考古学遺産です。
「アメリカの第1号文化遺産=崖の中のアパートメント」としてイメージを植え付けておきましょう!
