世界遺産で「古代ギリシャのポリス(都市国家)」を勉強する際、どうしてもアテネやデルフォイのような大都市の中心部に目が向かいがちです。
しかし、この遺産の最大の凄みは、都市遺跡そのものだけでなく「その都市を経済・食料面で支えていた広大な周辺農業領域(チョーラ / チョーラ=Chora)」が、奇跡的に同じ区画のまま現代まで残されている点にあります。
黒海の要衝、クリミア半島南西部のセヴァストポリ近郊に眠る古代の息吹に迫りましょう。
基礎データ
- 登録年: 2013年(第37回世界遺産委員会)
- 分類: 文化遺産(文化的景観)
- 登録基準: (ii) 建築、技術、都市計画などの価値の交流、(v) 独自の伝統的集落や人類の環境利用の見本
- 所在地: ウクライナ(クリミア半島)
ここが凄い3つのポイント
① 紀元前5世紀、植民都市「ケルソネソス」の開拓
紀元前5世紀後半、ドーリア系のギリシャ人たちが黒海北岸のこの地にやってきて、植民都市ケルソネソス(タウリカ・ヘルソネソス)を築きました。
ここは黒海交易の要衝として急速に繁栄し、劇場、城壁、アゴラ(広場)、神殿、そして後には初期キリスト教のバシリカ(聖堂)が立ち並ぶ見事な港湾都市へと発展しました。その遺構の美しさから「ウクライナのポンペイ」とも称されています。
② 格子状に完璧に区画された農業後背地「チョーラ(Chora)」
この遺産の核心部が、都市の郊外に広がる「チョーラ(Chora=農業領域)」です。
古代ギリシャ人たちは、都市(ポリス)を維持するために周辺の広大な土地を等面積の長方形や正方形にきっちりと区画整理しました。この幾何学的な格子状の土地区画(アロトメント)は400以上にも及び、各区画には石垣や境界線、貯水池、農家、ワイン搾り場などが作られました。2000年以上の時を経た今も、空から見るとその幾何学的な区画の痕跡が地表にはっきりと残されています。
③ 黒海世界を席巻した「ワイン生産と交易」
チョーラで主に栽培されていたのが「ブドウ」です。ここで生産された大量のワインは、特製のアンフォラ(壺)に詰められ、黒海周辺の各地や内陸の遊牧民スキタイ人たちとの交易に用いられました。
都市(ケルソネソス)での交易・金融機能と、周辺(チョーラ)での高度なブドウ栽培・ワイン醸造が完璧なエコシステムを作っていた(登録基準ii, v)ことが、この遺産の顕著な普遍的価値(OUV)となっています。
試験・知識のワンポイント:キエフ・ルーシの歴史的転換点
歴史好きや試験対策として覚えておきたいエピソードが、この地が「東スラブ世界へのキリスト教受容の舞台」でもあるという点です。
988年、キエフ大公国のウラジーミル1世(ウラジーミル大公)はケルソネソスを攻略・包囲した際、ここで洗礼を受けてキリスト教(東方正教)に改宗しました。これがのちのウクライナやロシアにおけるキリスト教国教化(受洗)の歴史的スタート地点となり、敷地内には彼の洗礼を記念した「聖ウラジーミル大聖堂」が建てられています。
まとめ
タウリカ半島の古代都市とチョーラは、「黒海沿岸に咲いた古代ギリシャのポリス遺跡」、「2000年前の幾何学的区画が今なお残るブドウ畑のチョーラ」、そして「都市と農地が相互に支え合った高度なランドスケープデザインの証明」です。
これまで学んできた「自然環境に適応した農業景観(ラヴォーのブドウ畑やバッティールなど)」と並び、『都市と後背地(チョーラ)が一体となった古代ギリシャの計画的農業景観』という唯一無二の視点をインプットしておきましょう!
