世界遺産を勉強していく中で、この遺産は前回ご紹介した「景邁山の古茶林(中国)」と同様に、『嗜好品の文化的景観』として非常に重要な位置を占めています。
前回の中国の茶林が「自然との完璧な調和と共生」の美学だったのに対し、今回のキューバのコーヒー農園は「過酷な山岳地帯の力技の開拓」と「悲痛な奴隷労働の歴史」という、カリブ海特有の強烈な背景を持っています。シエラ・マエストラ山脈の麓に点在する、171ものコーヒー農園(プランテーション)の遺跡群に迫りましょう。
基礎データ
- 登録年: 2000年
- 分類: 文化遺産(文化的景観)
- 登録基準: (iii) 現存するまたは消滅した文化的伝統の証拠、(iv) 歴史上重要な時代を例証する建築物群や景観
- 所在地: キューバ共和国(サンティアゴ・デ・クーバ州、グアンタナモ州)
ここが凄い3つのポイント
① 隣国の「革命」が生んだ、キューバ・コーヒーの幕開け
18世紀末、隣国のハイチ(当時はフランス領サン=ドマング)で、黒人奴隷たちによる大規模な独立革命(ハイチ革命)が勃発しました。
これにより、ハイチを追われたフランス人の農園主たちが、自らのアフリカ系奴隷を連れて大量にキューバへと亡命してきたのです。彼らはキューバ南東部の原生林に覆われた険しい山岳地帯へと入り込み、フランス流の高度な技術を持ち込んで次々とコーヒー農園を築き上げました。これがキューバの本格的なコーヒー産業の発祥となりました。
② 険しい斜面を克服した「高度な水利・生産システム」
農園主たちは、コーヒー栽培に不利な山岳の急斜面を切り拓き、独自のテラス(段々畑)を構築しました。
特に注目すべきは、水が貴重な高地でコーヒー豆を加工するための「ウェットパルピング(湿式精製法)」の仕組みです。果肉を除去するためにフランスの高度な水利工学が導入され、石造りの大規模な貯水池や灌漑水路が張り巡らされました。
精製された豆を干すための広大な石敷きの乾燥場(セカデロ)や、豆を挽くための水車・石臼といった、19世紀当時としては最先端の産業インフラ(登録基準iv)が今も生々しく残されています。
③ 復元された「ラ・イサベリカ農園」と奴隷制の記憶
171ある遺跡群の中で、最も保存状態が良く、博物館として美しく修復されているのが「ラ・イサベリカ(La Isabelica)農園」です。
ここを訪れると、熱帯の気候に適応させた重厚な石造りの主屋(農園主の邸宅)を見ることができます。しかしその一方で、主屋の周囲にはかつて過酷な労働を強いられていた奴隷たちの住居跡や、彼らを縛り付けていた鎖などの道具も遺されています。豊かな自然景観のなかに「植民地プランテーションという不条理な社会構造」が刻み込まれた遺産です。
試験・知識のワンポイント:なぜ「遺跡(考古学的景観)」なのか?
世界遺産の試験や知識として非常に面白いのが、この遺産名に「考古学的(Archaeological)」という言葉が入っている理由です(公式英名:Archaeological Landscape of the First Coffee Plantations in the South-East of Cuba)。 19世紀に大繁栄したキューバのコーヒー産業ですが、20世紀に入るとブラジルやコロンビアといった南米大陸の国々が最新の手法で大量生産を始め、価格競争に敗れたキューバの山岳農園は急速に衰退・放棄されていきました。 つまり、近代化の手が入らずに「19世紀当時の原生林を開拓した初期の農業形態が、そのままフリーズして残った唯一無二の遺構」だからこそ、考古学的な価値として世界遺産に登録されたのです。
まとめ
キューバ南東部におけるコーヒー農園発祥地の景観は、「ハイチ革命から始まったキューバ・コーヒーの原点」、「山の斜面を克服したフランス式の高度な水利インフラ」、そして「コーヒーの繁栄を陰で支えた奴隷たちの汗と涙の結晶」です。
「中国のお茶(調和型)」の次は「カリブ海のコーヒー(開拓・プランテーション型)」と、『2大嗜好品の文化的景観の対比』で理解しておくと、世界遺産の見方がよりグローバルで立体的になりますよ!
